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③ ジブラルタルへ (2)

[メインストリートという名のメインストリート
滑走路を横切りウィンストン チャーチル通り(Winston Churchill Ave.)をさらに進むといよいよジブラルタルの市街に入っていく。帰りのバスの時刻を考えるとジブラルタル滞在は4時間ぐらいにしないと今日中に帰れなくなる。それでも何とかこの町(国)で有名なショッピングロードを散策しその先にあるロープウェイで登る「ターリクの山」の展望台だけは行っておきたい。行き交うのはほとんどが観光客らしく比較的のんびりだがこちらはそうもしていられない。

所々に道路標識はあるのだがイマイチはっきりせず判断に迷ったが、左前方に見えている「ターリクの山」の方角からして目的の観光スポットはこっちのはずと大通りから左の小道に逸れて進んでみると城門のようなゲートが出現、これをくぐるとケースメイツスクエア(Casemates Square)というちょっとした広場に出た。

地図で確かめると目的のメインストリート(”Main Street”という名前の道路)はこの広場を起点に500mほど南に続いていてその先にロープウェイ乗り場があるようだ。歩行者天国になっている道の両側にはイギリス製品を中心とした各種免税店が軒を連ねており、観光客の楽しみはこのあたりでお得なショッピングをして英国風パブやレストランで一休みするというのが一つのパターンになっているようだ。
地元のスペイン住民にとっても免税の安いビールやウィスキーなどの買物に来て食事して帰るのは気軽なレジャーの一つらしい。
平日だというのに人混みは途切れず、この国にとって観光が一大産業になっているのがよく分かる。

検問所からは相当歩いたし、もう2時近くになってお腹も空いてきたのでメーンストリート沿いのオープンカフェ風の軽食屋に入った。数人いたウェイター、ウェイトレスは英国人風、スペイン系、アラブ系などコスモポリタンだ。(この国の人種構成はスペイン系67%、イギリス系13%が主力でその他アラブ系など多数の民族からなっているという。)
出てきたメニューは当然ながら英語、ウェイター達の言葉も英語で若干勝手が違ったが、注文したのはサンドイッチとサラダにコーヒー、払いの伝票はポンド表示だった。

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滑走路を横切るとジブラルタルの街が始まる。道路には観光客がそこここに。


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通り道で見かけたジブラルタルの歴史を語る記念碑。ネアンデルタール人の頭蓋骨(ジブラルタルで発掘されている)、ヘラクレスの柱(ギリシャ神話から)、フェニキア人、ローマ人、ムーア人、トラファルガー海戦の錨などジブラルタルの歴史に出てくる史実をモチーフにしたコンクリート製モニュメントが並ぶ。


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観光客でにぎわうショッピング街、メイン通り(Main Sreet)。この名は道路名でイギリス製品を並べる免税店、パブ、レストランなどが500mに亘って続いている。


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確かに街並みはスペイン風とは違う。


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昼食で入ったオープンカフェ風のレストラン。



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注文したクラブサンド。フライドポテトも付いてボリューム満点だが値段は5ポンド(千円強)で安くもない。


[ジブラルタルの昔]
ところで、この国は面積わずか 6.5k㎡(皇居の4倍くらいか?)、人口 2.8万人の小国だが、歴史上はいろいろあったようだ。紀元前950年にフェニキア人がジブラルタルに初めて定住するようになって以降大きな事件は、711年のアラブ勢力の侵攻だろう。

当時イベリア半島は西ゴート王国の支配下にあったが、北アフリカに君臨していたイスラム勢力ウマイヤ朝のターリク・イブン・ズィヤード将軍は7千人の軍を引き連れ、わずか14kmしか離れていないこのジブラルタル海峡を渡ってイベリア側に侵入、あっという間に半島全域を席捲しイスラム教の国にしてしまう。
因みにジブラルタルの語源はこの将軍の名であるアラビア語のジブエル・アル・ターリク(「ターリクの岩」を意味する)からきているとのこと。

その後、750年間に亘るムーア人の支配も1462年には終ってスペイン領土に戻ったものの、スペイン継承戦争(1701~1714年、スペイン王位の継承者を巡って英・蘭・墺 vs 仏・西間で行われた戦争)で英国に占領されてしまったため、終戦時に結ばれたユトレヒト条約で英領と認められてしまう。
19世紀初頭にはスエズ運河の開通でジブラルタルの重要性が再認識され英領となった18世紀以降幾度となく戦場にもなったこともあるが第二次大戦後はその軍事的役割は低下している。それでも現在イギリス海軍のジブラルタル戦隊が駐留しているとのことだがその姿はあまり目に付かない。

一方、スペインは長年
ジブラルタルを自国領だと主張し領土問題としてきた。2002年にはイギリスとスペインの共同統治など様々な提案がなされたが、地元の主要政党は強く反対、住民投票も行われたが90%以上が反対したためこの構想は消滅している。

[ターリクの山展望台へ]
話はさておき、レストランを出てさらにメーンストリートを先に進むと次第にお店が減ってくる。結局検問所から2kmも歩いたことになろうか、ようやくロープウェイの乗り場に着いた。
平日ながら天気も良いので乗り場前は既に長蛇の列、チケットを買って列の最後尾
に並ぶ。我々の前には200人近くが待っている。ここのロープウェイはスキー場によくある小型のゴンドラが次から次と来るタイプではなく、大型の二つの函が行ったり来たりする古いタイプでなかなか捌けない。恐らく30分は待たされただろうか、ようやく順番がきて乗車、上昇しだす
と眼下のジブラルタルの街はどんどん小さくなりあっという間に展望台に到着した。

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メインストリート通りをどんどん西に歩くとようやくロープウェイ乗り場の前に出た。このロープウェイに乗ると「ターリクの山」の山頂(標高426m)にある展望台に行ける。


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帰りに乗り場を振り返ると待つ列はさらに延びていた。


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60年代に開通、20年前にリフォームしたというジブラルタルのロープウェイ。400mの落差を8分でつなぐ。定員30名、料金8ポンド(1700円ぐらい)。


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眼下にジブラルタルの市街と港、ロープウェイが登り出すと遠くにスペインの港町アルヘシラス(人口約10万人)の展望が拡がってくる。(ロープウェイのガラス越しに)


[360度のパノラマ]
展望台自体、急峻な岩峰の頂上を跨ぐようにして造られていて建設時の苦労が偲ばれる。周りを遮るものは一切無いので幾つかに分かれたテラス状の展望台から360度の展望を楽しむことが出来る。前面に地中海、ジブラルタル海峡が広がり、後方に今日通ってきたラ リネアの街、やや離れて
アルヘシラス(Argeciras)の港町が見え、真下にはジブラルタルの街や港も見える。

北アフリカの北端とは一番狭いところでわずか14km、天気がよければ十分対岸が見えるらしいが、今日は好天のわりには視界が今一つでアフリカ大陸の姿は残念ながらはっきりしなかった。

それにしても展望台は眺めは良いが吹きっさらしで風が冷たく、じっくり眺めているのは少々辛いものがある。それでも30分もいただろうか、ひととおり堪能したところで時計を見ると4時を回っている。ラ リネアのバスターミナルからマラガ方面に戻るには5時45分発の最終バスを逃すわけにはいかない。余裕をもって下ることにする。

今回のジブラルタル滞在はわずか4時間にすぎなかったが、当初想っていた「ジブラルタルはイギリス海軍の軍事基地
」という思い込みは、「スペインに接している一風変わった英語圏の観光地」という認識にあっさり変わってしまった。まさに「百聞は一見にしかず」とはこのこと。
いずれにしても島国の日本ではなかなか体験できない”日帰り隣国観光の旅”はこうして無事終えることができた。




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展望台のテラスは石灰岩の狭い岩峰の上に作られていて周りに遮るものはないので眺望抜群だ。



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どこからの人達だろうか?皆目見当が付かない。



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こちらの人達の観光時ファッションがわかる。



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標高426mの独立峰頂上部なので冷たい風が吹き抜ける。



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山頂の展望台に出て改めてアルヘシラスの方向(西方向)を望む。眼の下はジブラルタルの街、海に突き出した滑走路が見える。右側がラ・リネアの街、正面遠方はアルヘシラス。


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眼下のジブラルタル港の一角にかなりの豪華客船が接岸していた。



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本来なら駆逐艦の一隻がいてもいいはずのジブラルタル港だが、一切艦船は見当たらず。




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展望台から東側を望む。眼下の地中海には大小の貨物船が点々と停泊している。右手にアフリカ大陸が見えるはずだがはっきりしなかった。



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「ターリクの山」の北端になる岩峰。全体は石灰岩から成っている。遠景はマラガ方向になる。



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眼もくらむ426mの断崖絶壁。



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これも真下を覗き込んだ一枚。海辺にホテルが見える。




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頂上付近にいた「ターリクの山」名物のサルたち。彼等はイスラムの侵攻時に連れてこられたが、その後「猿がジブラルタルにいる限り、イギリスの占領が継続する」という伝説があるそうだ。サルによるイタズラは絶えないらしいがジブラルタルの人たちは現状維持でよいということかサルを保護しているという。


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展望台の通路の天井で遊ぶサル。



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下山して改めてロープウェイ、展望台を振り返る。



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帰りのメイン ストリートで見かけた光景。これから何か行事があるのか着飾ったユダヤ人(?)の子供たち。右端の付き添い男性の頭に独特な皿のような帽子(キッパ)が乗っているのでユダヤ教徒の人たちとみた。かつてスペインがユダヤ人
を追放したときからジブラルタルには独特のユダヤ人コミュニティが存在しているという


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ガソリンスタンドの価格表。この当時(08年4月)の無鉛ガソリンレギュラーで0.99ユーロ(約160円)は税金のせいなのかスペイン本土より1割以上安い気がする。


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帰りのバスが高速に入ってすぐ事故渋滞(20分程度)に巻き込まれた。手前は運転手さんの頭。(バスの最前列席から)









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