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10.アフリカに渡る!(3)

[新市街から旧市街(メディナ)へ]
話は改めてタンジール観光に戻る。フェリー埠頭そばのバスの溜まり場から市内観光はスタート、海から見えていた斜面の街をバスが登っていく。車窓から見る街並みは中心街なのだろうか、ビルも結構多いがスペインの街を観てきた目には雑然としていて決してきれいとは言い難い。しかし、よく見るとアラビア文字の看板がかかり、アラブ風の恰好をした人達が行き来している。スペインからわずか1時間の船旅でこんな景色が見れるのは楽しい。
最初から期待はしていないので気にもならないが、ガイドの説明は殆ど分からない。バスは港から丘を越えて内陸に向う。やや緑が多くなり別荘風住宅が並ぶ新しい開発地区が拡がってきた。ガイドは盛んにモロッコの新しい一面も見てほしいと熱弁をふるっているようだ。


市内の広場で休息する地元の人達、手前は観光客か。(バスの車窓から)


少し内陸に入った郊外の高級(?)住宅街。(バスの車窓から)

タンジール自体そんなに大きい町ではないのでものの15分も走ればかなり郊外の感じになる。また別の丘を登ったところでバスが停まった。そこは観光バスが必ず立ち寄るスポットらしく、アラブの民族衣装を着たおじさんがラクダを引いて待っていて観光客を乗せる商売をしていた。
15分か20分くらい停まっていたが、その間入れ替わり立ち代わりおじさんに1ユーロほどを渡してラクダの背中に乗っている。観光にきているのだから当たり前だが、皆さん結構物見高い。


ラクダに跨って喜ぶフランス人グループの女性。胸に例の緑色のシールを付けている。


ラクダを膝まづかせて客を乗っける準備をする民族衣装のラクダ使い(?)。

「ラクダの野原」を引揚げバスは再び市街に戻る。グランモスク(Grand Mosquée)のそばを通ってカスバの近くでバスを降りた。多分バスの中で説明があったのだろうが、これから入っていくカスバやメディナ(旧市街)は道路が迷路状で狭いうえに、かなりアップダウンもあるのでバスはおろか、小型車も入れない。その上、階段も結構多く歩く以外ないのだが、我々のグループには何と車椅子で参加している中年男性や乳母車に乳児を乗っけた黒人男性と白人女性の若夫婦がいたりする。でも彼らが石段や急坂を前して立ち往生しそうになると必ず周りの仲間が適宜手伝って乗り越えていた。そういうことが、する方もされる方もごく当り前のことのようにさりげなく自然に行われているのは、「自由、平等、博愛」の国から来た大人の立ち振舞いということだろうか。見習いたいことではある。

[カスバ、そしてメディナ散策]
ところでカスバ(Kasbah)とは外敵から守る城壁に囲まれた要塞のこと、一方、メディナ(Medina)とは旧市街地のことである。その街路はこれも外敵の容易な侵入を阻むため迷路状になっていて中世イスラム都市の特徴であるが、モロッコではその迷路性は徹底していると言われる(ただし、ここタンジールのメディナはそんなことはなく、小じんまりしていて迷うほどではないとのことだが)。今まで「メディナ」のことを「カスバ」と思い込んでいたのは自分だけだろうか。どうも勝手に思い込んでいたようだ。
専門家の説明によると、迷路の基本は渦巻きとのことだがメディナの迷路は徹底した「三叉」と「行止り」「街区の不整形」、各街区「面積大小の不揃い」によってできあがっているという。ブラブラ歩いていて、ひょいと人ひとりが通るような路地に引きずり込まれても誰も気が付かないかも知れない。

新市街を見てる限りではアラブの街といっても、特に個性を感じないが、メディナに入るとやはりアラブ世界の雰囲気が溢れている。メディナの「徒歩ツアー」は定番のコースになっているらしく「カスバ」から始まり、「見晴台」→「蛇使いのいた広場」→「迷路状街路の散策」→「レストラン」→「絨毯屋」→「薬草・香料屋」と続く。、最後は時間が足りなくなってガイドも焦っていたが、辛うじて港に出てタンジール発13時のフェリーに間に合った。

以下写真でメディナの「徒歩ツアー」をご覧いただきたい。


バスから見えたグラン モスク(Grand Mosquée)。


カスバ(KASBAH)の標識(バスの車窓から)



いよいよカスバに入る。赤いジャージー姿の現地男性はガイドの助手なのか、ツアーの安全確保に目配りしていたようだ。


石の城壁に囲まれたカスバ跡の内部。


カスバ跡を出て「見晴台」へ。


中学生か高校生か、スカーフを被った地元のお嬢さん達とすれ違う。


「見晴台」から見るジブラルタル海峡。天気が良ければヨーロッパ大陸(スペイン)が見えるはずだが・・・


カスバの外壁(?)横を通ってメディナへ移動。


メディナに入る手前の広場で「蛇使い」がバックの音楽に合わせて真っ黒いコブラを操っていた。丁度出し物は終了間際、この写真を撮ったところで終わってしまった。ツアーの悲しさで次の演技まで待つ時間がなく残念!ところで、写真左端の白い帽子の男性が現地ガイド、その右が安全確保のための要員(?)。


「へび使い」の演目が終わったところで、後ろで叩いていた楽員が小さいタライのような打楽器を持って見物料を集めて廻る。


メディナ内の坂道。こんな広い道路もある。


お店の看板。いろんな言語で書かれていてアラビア語のほか少なくとも仏・英・西語が見える。


狭い道で向うからスカーフを巻いた女性がやって来た。顔の前に(黒い)布を垂らして目だけ出しているスタイルは今回見かけなかった。


何屋だろう?香辛料だろうか?それとも薬草?


狭い路地をひたすらはぐれないように進む。


ちょっとした四つ角で。この辺りは露天の市場のようだ。道端に野菜などを広げて売っている。


観光ツアー御用達(?)のレストランで地元料理の昼食を味わう。4~5人の楽隊(上の写真)による民族音楽と民族衣装姿の女性の舞踊(下の写真)を楽しみながらの食事はシシカバブとクスクス、それにアラビアパン、ミントティーと甘いお菓子が付いたコースになっている


民族衣装姿の女性とツアーの仲間。


最初に出てくる「シシカバブ」。中東の名物料理。香辛料につけた羊の肉の串焼き。肉はつくね状になっていて食べやすく美味かった。


その次は「クスクス」。特に美味しいわけではないが、食べられないこともない。「クスクス」はモロッコ、チュニジアなど、地中海沿岸や北アフリカ諸国の伝統的な民族料理。
小麦の粗挽き粉に水を含ませ、調理後小さな粒になるようにそぼろ状に調整したもの。普通、主食として食すが肉やスープ類と共に副食風に食べる場合もある。


食事後はふたたび、メディナへ。


お土産屋が並ぶ路地。


散策中に見かけたとある建物のアーチとモザイック模様。


ツアーコースに必ず入っている絨毯屋で。かなり歩いているので座って手馴れた店員の商品説明を聞(眺める)のも悪くない。でも時間が押していて誰も高価な絨毯を買おうとする者はいない。


ガラスケースに入ったアラブ風のネックレス。


こんな土器の壷も並んでいた。


「薬草・香料屋」でも座って店員から説明がある。乾燥ミントティー、鼻から嗅ぐだけで治るという頭痛薬、各種スパイス、その他香水などがあり、すべて試させてくれる。絨毯とは違って単価が安いので結構売れていた。


粗い石造りの外壁や石段は街の佇まいに落ち着きを与えるようだ。


最後は慌しく港に戻ると出航直前のフェリーが待っていた。奥の白い船も別航路のフェリーか。

[無事、フエンヒローラに帰還!]
こうして正味5時間弱のタンジール散策を終えた。16時すぎ(スペイン時間)タリファに戻り、再びバスに乗り換えてフエンヒローラのホテルには19時前に無事帰着。朝の出掛けから先の展開が読めず不安を抱えながらの日帰り旅行だったが、それが返って旅のドキドキ感、ワクワク感を増幅させていたところもある。幸い天気にも恵まれ、わずか数時間だがアラブ世界を垣間見ることができたのは貴重な経験だった。しかも、わずか8千円ちょっとの費用で。









 


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