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第9日(5/30火)(Valencia→Barcelona)

今朝は、Valencia ノルド駅8時35分発バルセロナ(Barcelona)行きのEUROMED(日本で言えば在来線の中距離特急といったところ、1997年に”地中海沿岸特急”としてお目見え、近い将来沿岸続きのフランス、イタリアとも結ばれる予定。)に乗らなきゃいけない。毎朝そうだが慌しくバイキングの朝食を済ませ、バスに乗り込む。マドリッドから乗ってきたバスはここValenciaのノルド駅(Estación del Nord)でお別れだ。実質6日間の総走行距離は延べ2000km近いのではないだろうか。安全快適なバスの旅、有難うございました。

さて、Valenciaの町は、昨日夕方に入ってレストランでパエージャの夕食を取り、ホテルに一泊しただけで殆ど街を観ることができなかったが、町の解説を少し。

このあたりも地中海性気候のため温暖で、「コスタ アサール」(Costa Azahar=オレンジの花の海岸)と呼ばれる地中海沿岸部はMadridから一番近いビーチリゾートとして親しまれている。その中心都市がValenciaで人口75万のスペイン第3の都会。その昔は農業と漁業が主な産業であったが、近年は工業都市、港湾都市としてめまぐるしく成長を続けており、歴史的な建物が集まる旧市街と近代的な新市街とが融合する街並みは現在のスペインを象徴する町でもあると言われる。

 Valencia、朝の風景(バスから)

 ノルド駅の正面、重厚なヨーロッパ調の建物。(バスから)

 駅の構内、EUROMEDのホーム手前の発着案内版、この写真を撮った直後、婦人警官風(?)の女性から撮影しないよう注意された。ホームに入る手前でトランクのセキュリティ チェックもあったところをみると厳重なテロ対策を敷いているということらしい。

 この写真もまずいのかもしれないが・・・。EUROMEDが入線してきた。

 列車内ビュッフェのメニュー。朝の定食、ボカディージョ(Bocadillo=スペイン風サンドイッチ)などが見える。

 列車からの沿線風景①

6534937.jpg 朝食客が一段落したビュッフェと係りのセニョリータ。

 列車からの沿線風景②、穏やかな地中海。

定刻にValenciaを出発し、終点Barcelonaのサンツ駅(Estació Sants) には予定どおり11時42分に到着。350kmを3時間ちょっとかかった勘定で特に速いわけではない。ただし、スペインというとラテン系で時間にルーズという思い込みがあるかも知れないが、ことスペイン国鉄(RENFE)に関しては全くそんなことはなく、時間には正確だという。(RENFEの名誉のために!)

ところで、Valenciaで看板を見て、「あれ?スペイン語とは違うなあ」と思ったことがあったが、Barcelonaに来て標識が2段書きになっていて成程、これがカタルーニャ語(Catalán=カタルーニャ地方の言語)かと納得。例えば、駅という単語はスペイン語でEstación(英語のStation)のはずだが、別にEstacióとの表記が並んでいる。また、公園のParque(Park)に対してParcといった具合だ。

カタルーニャ生まれの地元の人はカタルーニャ語を日常語とし、カタルーニャ語の新聞を読んでいるようだが、バイリンガルなので最初の一語を聞いて相手に合わせことなどは苦もないことらしい。したがって、よそ者かどうか簡単に判断できるともいう
。我々が普通にいうスペイン語はカスティージャ語(Castellano=本来カステージャ地方の言語)で全国で使われている公用語だが、カタルーニャ地方にはカタルーニャ語が、バレンシア地方にはバレンシア語(カタルーニャ語と類似)があり、今では公用語になっている。スペインには公用語が5種類(?)あるというし、その中には分離独立問題を抱えることで良く知られているバスク地方のバスク語も含まれている。これらはすべて歴史的・社会的経緯を引きずって今につながっているわけで、地方個々の独立自治の意識が非常に強いことが基本にあるようだ。Barcelonaの場合を調べてみると次のようなものだった。

Barcelonaの町はご多分にもれず、紀元前のフェニキア時代まで遡るが、最も栄えたのは12世紀以降の2~300年間で、カタルーニャ・アラゴン連合公国として地中海の島々や北イタリアの都市を支配下に収め隆盛を極めた。この時代に使われていたのがカタルーニャ語だ。
15世紀後半、カタルーニャはスペイン王国に組み込まれるがその後も頑強にカスティーリャ王国への協力を拒み続け難治の地であったという。
そして、18世紀初頭から始まった「スペイン王位継承戦争」でMadrid政府に反旗を翻したこともあって、戦後、中央政府による国内の統一化・画一化の中でカタルーニャ語の使用が禁止されてしまう。それでも19世紀には一歩先んじて産業革命を成し遂げて経済先進地域となり、カタルーニャ語復権運動が起こった。しかし、1936年に始まったスペイン内戦後のフランコ独裁時代には、スペイン全土でカスティーリャ語のみが公用語とされ、カタルーニャ語の使用は一切禁止された。この時、唯一禁止されなかったのが、FCバルセロナのホームスタジアム”カンプノウ”(Estadi Camp Nou)の内だけだったというのはおもしろい。その後、1975年にフランコが没し、1978年の新憲法成立を受けてようやく現在の自治権を獲得し、カタルーニャ語も復権、現在の繁栄を勝ち取ったという歴史がある。

Barcelonaでは「カタルーニャは カタルーニャであって スペインとは違う」という意識が非常に強く、この辺の事情が理解できれば、何故、サッカーのスペインリーグで「レアル・マドリー」と「バルセロナFC」の対戦(エル クラシコ(El Clásico)という。伝統の一戦というところ)があんなにも対抗意識むき出しになるのかが少しは解かるというものだ。因みにフランコ総統は熱烈なレアル・マドリーフアンだったそうで贔屓チームのために多くの恩恵を与えたという。

さて、近年のBarcelonaは1992年にオリンピック開催地となり、その洗練された優雅と言ってもよいほどの街はよく知られている。現在の人口は150万人強、それほど大きな町ではないが、都市圏としてみると300万は超える。
2km四方もない旧市街を囲むように整然とした碁盤目の新市街が拡がっており、強いて言えば札幌の街に似ているかもしれない。19世紀以降の都市計画によって区画整理されたものだがヨーロッパの町ではめずらしいのではないか。
 

サンツ駅を出て待っていたバスに乗換え、早速市内観光が始まる。工事中の闘牛場、スペイン広場、カタルーニャ美術館などを車窓に見ながらモンジュイックの丘を登る。掘り込み式のオリンピックスタジアムも申し訳程度にそばをとおり中心街に出てきて昼食のレストランへ。この間わずか30分の車窓の旅でした。

 サンツ駅に乗り入れる新幹線(TVE)工事の影響で闘牛場も工事中ということらしい。(バスの車窓から)

 Barcelonaのスペイン広場。(バスの車窓から)

 スペイン広場、ガウディの弟子が創ったという噴水。(バスの車窓から)

 モンジュイックの丘の麓にあるカタルーニャ美術館。、(バスの車窓から)

 モンジュイックの丘に入って木立の間からのカタルーニャ美術館。(バスの車窓から)

 モンジュイックの丘、92年時のオリンピックスタジアムがすぐそば。(バスの車窓から)

 バルセロナの街路風景①

  バルセロナの街路風景②、良く区画整理されている。


 昼食で寄った定食屋風レストラン。メニューはZarzuela(サルスエラ:白身さかなのブイヤベース)だった。

中心街での昼食の後、午後は「ピカソ美術館」、有名なガウディの「聖家族教会(Sagrada Familia)」、同じガウディ造作の「グエル公園(Parc Güell)」を回ることになっている。
ピカソ美術館は港近くの狭い路地の旧市街にあった。全く目立たない古い石造りの建物で館内は撮影禁止だったため写真がない。そのせいか何を見たのか殆ど記憶に残っておらず、ただピカソが幼少時にすでに天才の才を発揮していたことが分かる作品群があったことだけだ。美術館の印象とはそういうものかも知れないが・・・

 バスで移動中に見かけたレンガ造りのバルセロナの凱旋門。

次に向かったのは1882年に建設が始まり、今も続いているという「聖家族教会」。最も高い尖塔は150mあるというが、建造物のそばまで来てしまうと普通のカメラでは被写体はフレームからはみ出してしまう。見上げてばかりで首も痛い。勿論内部は人、人、人でごったがえしていた。
ところで、アントニオ ガウディ(Antoni Gaudí i Cornet 1852-1926)は、1883年からこの教会建設の2代目建築家として引き継ぎ、当時は未だ無名だったが結局亡くなるまでライフワークとしてサグラダ・ファミリアの設計・建築に取り組んだ。彼は設計段階で模型を重視し設計図をあまり描かない手法だったため、現在のサグラダ・ファミリアの建設も残された模型を尊重しながら進められているとか。
 

  お馴染みの聖家族教会「受難の門」だが、間近に来ると被写体が大きすぎてチャチなデジカメでは太刀打ちできない。
 
 「受難の門」上部の彫像。

 「受難の門」上部の彫像詳細。

 内部の造作中の状況、仮足場の規模、高さ、複雑さに圧倒される。   

 内部の造作が出来上がっている部分。

 地下室に展示されている完成予想図の一枚。時代により製作者によりいろいろあるらしい。

 反対側に回って見上げる「生誕の門」

 観光疲れ(?)の皆さん、「生誕の門」前で。

Barcelonaは見所が多いが、このツアーで行くのは次の「グエル公園(Parc Güell)」が最後。後は明日最終日がフリーなのでご自由にとのこと。今日も夕方になって結構暑くなってきたが、公園は観光客で一杯。とにかく観光地はどこへ行っても、曜日に関係なく大変な賑わいだった。年間の外国人入り客が確か7千万という観光立国でもあるスペインのこと、当然といえば当然か。
この公園、もともとはガウディが設計した60軒の分譲住宅地として開発されたが買い手がつかず、結局売れたのは2軒で、買い手はガウディ本人と注文したグエル伯爵だけだったという。伯爵没後に工事は中断、寄付されて市の公園として公開され現在は世界遺産になっている。
独特の曲線と細部の装飾、色彩的にも特徴のあるガウディ作品は一目でそれと識別できる。これも天才の一形態なのだろう。

 またもや公園内で見かけた子供たち、本当にかわいい。

 グエル公園(Parc Güell)。右手は斜面にせり出したように造られている中央広場。Barcelona市街を一望できる。

 ディズニーも参考にしたというガウディ作の住宅風景①

 グエル公園、中央広場。人体を考慮して創られたというタイルのベンチはここにある。

 なぜトカゲなのか?「トカゲの噴水」。バックは「柱の回廊」と呼ばれ元々は市場を想定していたという、この上面はさっきの中央広場。

 ガウディ作の住宅風景②

 ガウディ作の住宅風景③

Barcelonaのホテル(ABBA SANTS)はサンツ駅の近く、Numáncia通りに面した便利なところにあった。6時すぎにホテル入りし一休みの後夕食に出た。ガイドが教えてくれたリージャ(L’illa)ショッピングセンターに行くことにする。サンツ駅を背にして緩い上りのNumáncia通りを行くと15分で到着。吹き抜けのおしゃれなフロアに100以上の専門店、人気ブランドが集まっているほか、スーパー、レストラン街があるという、最近日本でもよく見かけるショッピングモールだ。巻きズシを店前面に並べた怪しげな(?)日本食レストランやウドン専門店もあったが、こちらはオープンカフェ風のBarに入る。イカリング、茹でたクルマエビ、トマトとツナのサラダ、そして白ワインで夕食にする。量が最優先でなくなった高齢者にはこのくらいを二人でシェアすのが丁度いいし味も悪くなかった。払いは確か22~3€。高級レストランでなければ、このくらいの内容と値段で十分一食を済ませることも出来ることが確認できた。


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Joan Akeda

カタルーニャの独立について一言。まず独立をするなら今のカタルーニャ自治州のみ。なぜなら、カタルーニャ語を使う人が一番多いのはこの国だけで後は話にならない。(特にバレンシアは。アレは完全にスペインです。)バレアレス諸島はいいセン行ってるけど、同時にスペインにも敬意を払っているので、取っちゃいけない。でも、カタルーニャだけだとまずいので少なくともバスクは独立させたほうがいい。(もちろん自治州一つのみ。)軍隊やなんかは難しいけどEUと相談。Una cosa sobre la independencia catalana. En primer lloc, Calen independitzar nones Catalunya. Perque nones aquest estat on hi ha alguns que parlin el catala. altres arees son fora d'aquest problema.(Especialment Valencia. Aquell es ESPANYA totalment.) Illes barears van gaire be pero tambe respecto Espanya i no es pot separar-les. Pero no fot nomes Catalunya i calen fer independitzar el pais basc tambe. Consultem amb l'EU mes que te un problema del militar.
by Joan Akeda (2007-11-09 23:06) 

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